フルーティストのための呼吸訓練法セミナー(7)

【トレーニングに入る前に 】

1) 練習課程の認識

自覚 → 強化 → 関連

『練習は、常に意味を持って、効果的に行わなければなりません。練習方法について、その課程と意義について述べましょう。…まず、筋肉の位置、働き、目的を自覚することです。それから、その筋肉がより活発に動くよう、強化訓練します。次に、各々の筋肉が、他の筋肉とどのような関連をもって働いているかを認識し、関連した筋肉運動の中で、障害となるものを取り除いていく練習をします。そして最後には、「息→音→色」が全く自然に、まるで音があふれ出るように感じられるまで訓練するのです。ここまでくるには、全ての筋肉が随意的働きによって、自在に運動できるようになっていなくてはなりません。』(新・発声入門/p.19)


トレーニングは細分化された目標に沿って達成されるように考えられている。全体の課程は、ここで述べられているように、まず一つ一つの筋肉を自覚し、弱い部分を強化し、それら全てを関連した一つの動きとして身につけるという流れになっている。細分化して会得した個々の技術を最終的には “演奏する” という一つの動きに集約することが到達点という事になる。「うたうこと」からもこの理論の元となった部分を抜き出しておく。

『発声器官の悪い状態は、次の3つの主な欠陥に基づいている。

1. 神経支配の弱さ。これはいわば筋肉の鈍感なことである(反応性の減少)。
2. 弱すぎる筋の張力。これは筋肉のしまりのなさのことである。
3. 協応の不足。個々の筋および個々の筋群のあいだの協力が不正確なことである。』

 

(うたうこと/p.135)

ここでいう “強化” を、単に筋肉の増強とだけ解釈するのは危険な間違いである。”自覚” したことをより強く覚える、つまり「感覚を強化する」ことも含む。無理をしたり力んだりして筋力を強化すれば良いのではない。がむしゃらな筋トレだけで良いスポーツ選手になれる訳ではないのと同じことである。

『声楽をする筋肉ができていないからといって、誤ったボディービルのような筋肉トレーニングをしても、それは逆効果になってしまいます。声楽における筋肉とは、その強靱さが問題なのではなく柔軟性が大事なのです。したがって、筋肉の「緊張」と「緩和」の幅が大きければ大きいほど、優れた筋肉であると言えるでしょう。』(新・発声入門/p.18)

『筋肉の本当の活力は、力の強さにあるのではなく、その可動性の中にあるのである。…運動神経の刺激に対する反応が完全でないような筋肉力は役に立たない。筋肉は機敏で、柔順で、迅速に反応する必要がある。一方、筋肉を支配する神経からの刺激は、最大限の迅速さで筋肉を緊張させたり弛緩させたりするために、十分に強くなければならない。』(うたうこと/p.14)

習得に向かって、先ずこの「自覚→強化→関連」という大きな流れを頭に入れておく。今現在自分が何のためにどういう状態で訓練をしているのか、という事を把握しながら学習することは、ともすれば漠然としがちな目標をはっきりとさせる手助けとなるであろう。実はこの考え方は、フルートの他の色々な技術練習にも言える。無意識のうちにではあるが、殆どの学習者はこの課程を繰り返す事を覚え、向上していくのである。

 

2) 練習に際して

『頭ではなく、体が理解するまで、何度も同じ練習を積み重ねなければなりません。考えて良い声が出るわけではないのですから、もし、理解できないことがあっても、あまり思い悩まないで下さい。実際の練習を続ける中で自然に身体が覚え込んで、「ああ、これか!」と、身体によって理解できる段階が必ずあります。そういう風に理解した方が、確実で、正確な把握と進歩につながるものだと思います。』(新・発声入門/p.20)

トレーニングは1ステップごと順をおって先に進むので、各々のトレーニングを消化できていないと、結局いきづまることになる。気長に、地道に取り組む姿勢が大切である。逆に、ひとつの技術が向上するにつれて、それに関連した他の技術が互いに向上していく。

『身体は日々微妙に変化していますから、技術に自信を得た者であっても、努力を怠らず、毎日継続して訓練を行うことが大切です。まして、これから技術を習得しようという時は、毎日の訓練が必要であることは言うまでもありません。ただし、この場合、時間を長くかける必要はないのです。長時間の訓練で、身体が疲労し、正常な働きができない状態でなお訓練を続けることは逆効果になる恐れがあります。短時間に凝縮された継続的な訓練こそが、随意的肉体反応を生む最良の方法なのです。』(新・発声入門/p.22)

どんな練習でも大切なことは、完全に集中した状態で、短くても確実な内容で繰り返し行うことである。いいかげんに、間違った方向で長時間繰り返していると、それはそのまま悪癖として身についてしまって元も子もない。特に、訓練を始めて間もない学習者は、ものの10分も「自覚」しつづけることができない。まだ「強化」されていない段階では、神経も筋肉もすぐに疲労し、正しい練習につながらない。焦らずに、時間がかかるのを厭わないことである。

 

3) 演奏に際して

呼吸法の訓練をフルートの練習と平行して行っていくことが理想であることは既に述べたが、本末転倒にならぬように留意したい。つまり、サッカー選手が速く走るためのランニングフォームを気にしながら試合をするような状態に陥るなという事である。ひとたび人前にでれば、呼吸の技術追求はひとまず置き、音楽の演奏に没頭せねばならない。

『発声について熱心に研究するあまり、歌う時であっても、常に発声のことが頭を占領し、その結果、確かに上手いが、感動が無いという演奏を聞くことがあります。発声技術が前面に出る演奏ほどつまらないものはありません。歌い手が、本当に自由に、自然に、自己の音楽表現をできるような土台を作るのが発声訓練なのです。また、発声が歌の前面に出てきてしまうのは、完全に発声法をマスターしていない証拠でもあります。各々の音に対して、諸筋肉が無意識にバランスよく働くようになった時初めて、マスターしたと言えるのです。』(新・発声入門/p.23)

数日間、これらのトレーニングのみに費やす時間を持てることは幸せと言えるが、一週間以上もフルートから遠ざかってトレーニングばかりしていては意味がない。常にフルートの演奏においてのイメージから離れずにトレーニングの成果を取り入れて行くというのが理想である。また本当にトレーニングの成果が生きてくるのは何年も経ってからであるから、あまり直接的な成果だけに気をとられない方がよい。

 

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