アジア若者オーケストラに参加した話。(3)

7)悲愴

名古屋入り。この名古屋デビューは鮮烈だった…今はもう改築されたけど、舞台の後ろにデラできゃあ金屏風。これは外国人にはなんて説明したらいいんだろう…。AYOツアーも終わりに近づいた。名古屋が終われば、ツアーの終着点である東京へ向かう。この名古屋公演で、2つのプログラムのうちの一つが最終公演になるのだった。チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」をメインにとするこのプログラムを指揮していたミラー氏はコンサートが終わり次第、みんなにお別れを言うヒマもなく出発しなければならないという。1ヶ月間、キャンプとコンサートツアーを共にしたミラー先生に、舞台上でお別れをしなければならないのか…話を聞いた時は「何でそんなに急ぐのかなあ、忙しいんだなー」と思った程度だったのだが、実はこれは彼が教育者という立場で演出した最高のお膳立てであったことに、後で気づくことになる。

「この曲は、チャイコフスキーが死ぬ直前に書かれたんだ。彼が、人生に別れを告げているんだよ。別れの悲しみを思いきり表現するんだ」キャンプの間中、彼はずっとそう教えていた。…この日の悲愴は、信じられない様な音がした。私たちは今まさに、別れの時を迎えようとしている…いつにも増して思いのこもった指揮に、みんなの楽器が、音が、心が、別れの悲しさにふるえ、オーケストラが一体となってうねり、泣いた。私は自分が泣いているのか吹いているのか、分からなかった…そして仲間たちもこの感覚を共有していると感じた。ミラー先生も泣いていた。そしていつも何もなく通りすぎていたこの曲のある場所で、思いきり強調するよう要求し、オーケストラはそれを待っていたかように大きく揺れた。誰もこの突然の要求にためらってはいなかった。そう、彼はずっとこの時を待っていたのだ、皆にそれを教えるために。

会場が大拍手に包まれる中、子供達は顔を涙でグチャグチャにし、指揮者は鼻を赤くして何度も「Thank you.」と小さくつぶやいた。そして舞台を後にし、2度と我々の前に姿を見せずに去った。…「悲愴」は今でも、私にとって特別な曲である。

 

8)別れ

日本では滞在費がかさむからか、名古屋公演が終わったらその足ですぐに東京へ向かった。新幹線から地下鉄を乗り継ぎ、深夜に池袋のホテルに辿り着いた。翌日すぐに公演があり朝からリハーサルが行われた。東京での自由時間はこのリハーサルと本番の間の数時間だけだったが、ここへ来てもアジアンの若人達は精力モリモリ、やれ秋葉原へ連れて行けとか、ブランドショップへ行きたいとか楽器屋へ連れて行ってとか、ヘロヘロになって青ざめているジャパニーズを振り回すので、しまいには叱りつけてしまった。だってこれから最後のコンサートだというのにあんまり思いやりがなさすぎる。

一つとても切ない出来事があった。ベトナムから来ていたバスーンのバウアンという少年は、妹に日本のメーカーの、とても良い銀のフルートを買って帰ってあげようと、一生懸命ためたお金を持って来た。ベトナムでは、良い楽器を買いたくても、売っていないのだ。ところが、銀のフルートは、彼のありったけの財産の10倍もの金額だった…「それを知った時のバウアンの悲しそうな顔といったら…」と同行した日本人の子がいたたまれない表情で話していた。こんな切ないことが現実なのか…できることなら、彼にその銀のフルートを買ってあげたい!日本では必要なものは何でも手に入る。裕福で、とても恵まれた国だ。みんな自分の欲しい物を買って、まだ足りない、まだ足りないと欲張っている…

AYOのコンサートは国際親善という平和的な催しであるにも係わらず、何者かが係の目を盗み客席の下に大きな白い目覚まし時計をしかけており、プログラムの2曲目、諏訪内さんがヴァイオリン協奏曲を弾いている最中、5分おきに次々にジリジリ鳴るという事件が起こった。この卑劣極まりない行為の主は何者であったろう。しかし諏訪内さんはそんな事は全く意に介さず、素晴らしい演奏を披露してくれたのだった。世界レベルのプレーヤーの集中力はそんな事ではびくともしない。

ツアー終了。翌日、仲間たちはバスにのって空港へと出発しようとしていた。音楽と言う固い絆で結ばれた、素晴らしい兄弟たちと、もう2度と会えないかもしれない…おそらく、一生会うことはないだろう。ホテルの玄関へ見送りに出たのだが、涙で前が見えない…バスが動きだそうとしているその時、ファファが窓から手を伸ばして、泣きながら私の名前を呼んでいる。他のみんなも手を伸ばし、堰をきった様に泣き叫び始めた。思わず駆け寄って、みんなの手をかたっぱしから握った…こうして彼らは帰っていった。私の心に沢山の感動と勇気を残して。

後日談…「ばんばばん」ことオーボエのヴィクターから一通の手紙が届いた。「アメリカのオーベリン大学に留学して勉強しています。とてもいいフルートの先生がいて、先日も大学のオーケストラと共演して、本当に素晴らしかったです」相変わらず元気で行動力旺盛、ハイテンションだ。ヴィオラの彼女とも続いているらしい。封筒の表に『ハガ!』って書いてあった。オイオイ…

<終>

 

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