豪華客船で香港に行った話。(1)

1)3バカ集結。

船上研修旅行というのがある。ビジネスやら趣味の色んな講師を集め、船の旅をしながらの合宿で研修を受けるというものだ。

研修を受けに来る人は、鉄道会社の新入社員の若者から、第一次産業のオジサマ方まで、本当に様々な層の人々である。今度の旅は、その船上研修を主宰するあやしい会社からの依頼で、お抱えの楽師として船に同乗する・・という仕事であった。研修の合間のレクリエーション要員というわけである。講師サイドのVIPの人たちの長い旅路の気晴しとおもてなしも兼ねているらしい。

この仕事は、お世話になっている美人の先生から紹介していただいた。行き先は香港、約一週間の長旅になる。女性3人で・・と頼まれた私は、別に誰でも良かったのだが、一応キレイどころとしても通用しそうなピアノとヴァイオリンの友達を誘った。一週間密着することになるので、条件としてマイペースであまり気を使わなくても良さそうな人間を選んだ。旅が始まるまで誰も気づいていないことだったのだが、実は選りすぐりのバカが集結してしていた。旅行中、余りにも他の2人がバカすぎて感覚が麻痺してしまい、とめどなくお互いのバカが進行する原因になってしまったのである。

旅行1ヶ月前・・打ち合わせで会社に伺った際、初っぱなからヴァイオリンのMがやらかしてくれた。打ち合わせ中、おなかをすかせてずっとグウグウ腹を鳴らしまくり続けたのである。ふつう一回鳴っても恥ずかしいのに、数十分にわたり大音量で鳴らし続けたのである。しかも様々な音色で。「すみません、失礼しました・・」といい続けながらも奴のおなかはコントロール不能である。2人ブリブリのスーツを着込んで化粧して行ったというのに意味無し。うつむいてなんとか腹に言い聞かせようとするM。気にしないフリで商談をすすめようとする不自然な私・・社長も専務も、笑いをかみ殺していた。あんなバカなやつ見たの初めてだろうなあ・・

帰り道、スリランカカレーの店に寄り、しみじみと味わった。

2)船着き場カ

いよいよ出発の日。横浜港から乗船。船着き場で出国手続きがある。いつも遊びに来ている港からの出発だからか、何だか飛行機と違って緊張感がない。船は結構大きいが、最大級の客船と比べるとやや見劣りする、中級豪華客船・・といったところだろうか。デッキから陸を見下ろすと、研修で出発する人の家族や職場の人たちと思しき人々が、船着き場からこちらを見上げていた。手をふって応える人もいる。よく結婚式で「人生の船出・・」とか言うけれど、実際の船出というのはこんなに感動的だったのか。大勢の人に見送られると仕事のくせに何だか感傷的になる。出航が近づくと、船着き場では見送りの人にカラ-テ-プが配られた。肩に自信のある男性陣が知人めがけて投げあげる。とはいえ結構大きな船なので、うまく投げないと届かない。上から見ていると、みんなして躍起になって投げているのがウレシイやら可笑しいやら、文字どおり高見の見物で、船の上も大いに盛り上がっている。

横浜住民のMは御両親に見送りに来てもらっていた。Mのお父さんはお母さんに笑われながら、何度もテープを投げるのだが、なかなか届かない。船の上では3人が悪戦苦闘のお父さんに大笑いしながら必死の声援を送る。そろそろ出航の時間になろうと言う頃、ようやく一本のテープが手すりの中に飛び込んだ。「ぼおおお~・・」汽笛だ!船が出るぞ~。色とりどりのテープに飾られ、ゆっくりと船が港を離れる。見送りの人たちが口々に大声で旅出の言葉を叫ぶ。急にさびしくなるのは何故だろう。不思議なもので、人は旅立った瞬間から家に帰りたいと思う。テープの長さが、今まさに旅立とうとしている自分と、愛すべき日常との距離を際立たせている。

数十メートル離れると皆の声援は遠くなり、テープは一斉に岸の人たちの手から離れ、切れ端が風に弄ばれている・・いよいよ陸は遠ざかる・・そのとき、Mのお父さんが不敵な笑みを浮かべたのが見えた。テープの切れ端を、もう一本のテープと結び付けることを思い付いたのは、Mのお父さんだけだった!どんどん遠ざかる船、風にはためくテープの結び目の向こうで、指をロールの真ん中に入れて得意げに差し上げるお父さんと、となりで笑い転げているお母さんがが、遠く小さくなっても、まだテープは繋がっていた。・・我々3人はバカ騒ぎで他の人たちの大注目を集め、涙が出る程笑って、海風に揉まれてテープが飛ばされるまでずっと、デッキに立っていた。

3)檻の中

お抱え楽士3人衆は、船底の3等船室に押し込まれる。2段ベッドが部屋の両側を占拠している・・部屋ごとに風呂トイレがある点を除けば、寝台車と殆ど変わりない。我々の日課は、夕方1時間程サロンコンサートを催すのと、お昼にVIPの退屈しのぎのミニコンサートをするだけで、極めてヒマである。今日はお昼に出発して、夕方まで何もやることがない。船の中というのは他にどこにも行けないのだから、娯楽施設は色々ある。プールあり、卓球台あり、大浴場あり、フィットネスあり・・バカな3人は授業中で誰もいないのをいいことに、思いきりハメをはずして遊ぶ。水着の上になぜか下半身だけ洋服を着ているという、よくわからない半端な格好をしてうろついているのだった。3人とも恥知らずなので、咎める人がいないのだ。無法状態である。「無制限卓球」が始まった。玉が台を超えて飛び交っても全部打ち返す。デッキ中を走り回るのでかなりキツイ。しまいには卓球の勝負というよりウケ狙いの勝負みたいになってきて、いかに怪しいポーズをとったかで競う。もう一人は審判であるより前にバカ写真家になり、真顔でアートなポーズをプレイヤーに要求したりしていた。

 

ところで、肝心の仕事の方はというと、大変なことになってしまった。ピアノが置いてあるのはガラス張りのティーラウンジで、我らは美しいイブニングドレスを身にまとい登場。演奏を始めたはいいが、ガラスの向こうに目をギラギラさせたおっちゃんたちが群がりはじめたのだ。でっかいカメラで写真をとってるのもいる。フラッシュ焚かれまくり、全然演奏に集中できない。これではまさに飢えたオオカミの檻に投げ込まれたヒツジ状態ではないか!だってどんなに恐くても、この数日間は船からは逃げられないのだ。「こういう仕事だったんだ・・」と今さら理解した

 

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