仙台の精神病院に行った話。

1)共演・・

K先生は、精神科医でありながらチェロの演奏活動もしている。自らを「さすらいの病院演奏家」と名乗る、ちょっとはみ出した意味でのカッコいい人である。日本のあちこちの病院から演奏依頼を受けては飛んで行って弾いている。彼にとっての本業は演奏の方だそうなのだが表向きは医者なのだ。商売を離れたところで真剣に音楽と向き合っている、得難い演奏家である。(実際、チェロの腕前も素人離れしているのだが・・)彼の人間の心へのかかわりかたには非常に共感を覚える。そんなK先生の運営するHPとの出会いから一ヶ月後、幸運にも共演が実現した。それが仙台の某病院でのボランティア演奏であった。

朝早くの新幹線で仙台駅に着く。バスに乗り、突然の訪問に少し気後れしながら到着したその病院は新しく、柔らかでオープンな雰囲気がただよっていた。初めてお会いしたK先生は想像よりずっと若い方で、もしかすると私より年下か、同じくらいの感じだ。関西弁と、般若心経のハデなネクタイを見て、この方は、かなり面白い、はみ出した人だなと想像する。そういう人にはありがちな、あからさまに自分をアピールする押し付けがましさみたいのが全然ないのだった。良く思い出してみるに、気がつかない程うす~いベールで隔てられていたのだろうか。医師としてそういうスタンスが当たり前になっているのかもしれない。挨拶もそこそこに、大急ぎでリハーサルに取りかかる。間もなくして待ちかねた患者さんと、介添えの看護婦さんたちがつめかけてきた。

演奏していると、色んな患者さんの様々なリアクションを受ける。ある若い女の子は、非常に感激して恥ずかしそうにこちらを見ている。陽気で可愛いおばあさんは、多分陽気すぎて入院しているんだろうけど、たまらず自分も前へ出て来てうたいだした。K先生はそのおばあさんにモテてしまい困っていた。リクエストは大体、日本の歌曲や童謡なんかが多い。若い男性の患者が一人、にこりともせず眼光するどく凝視しているので目についたが、終演後つかつかと寄ってきて「アメリカン・パトロール」をリクエストしてきた。やはりにこりともせずに聴いていた。

みんなどこかしら少しだけ心のタガが外れてしまったのだろうけど、こうしてみるとそこまで異常ということもない。受け入れてくれる環境に恵まれないから、社会に馴染めない、異常というレッテルを貼られる。

 


 

2)仙台の New Yorker・・

演奏がすむと、院長みずからのおもてなしで、ホテルのレストランで食事をごちそうになってしまう。自分勝手に押しかけてきたインチキ演奏家に、東北の名だたる先生が時間を割いて下さるなんて、申し訳なくて仕方がない。その上、私が自分の臨床心理に関する興味感心について素人的あつかましさで色々と話しているのを聞いて「それじゃ今からいい人を紹介しましょう」と、そのまま車を走らせ、ある別の施設に連れて行ってくれた。院長からの紹介ということで、その施設の所長までもが自らこの突然の珍客に非常にていねいに対応をしてくださり、応接間でお茶を出されて待つ間、穴があったら入りたいほど恐縮してしまった。しばらくすると、おちついた、しかしはつらつとした若い女性が現れた。この方はアートセラピストといって、絵を書くなどの美術創作活動による精神治療の専門家なのだった。ニューヨークでこの分野について研究をしていたそうで、最近この施設に来たばかりだという。

色々アートセラピーのことなどを教えてもらう。何も知らないで当たり前の事を質問したりしているのだから本当に失礼極まりなかったと思う。でもこの先生は同じアート畑の人だけあって、私の要領を得ない言い方からフィーリングで話の意図を察してくれ、あれこれアドヴァイスをして下さり、今後いつでも話を聞いてくれるといって、連絡先を教えてくれた。全くきどらない人で、言葉の端々に高い感性をにじませながらも、女性らしい優しさ、柔軟さで物事に対しているのが New Yorker らしい。とても素敵なのだった。

 


 

3)遠い道のり・・

さて、仙台駅に戻ったが、まだ時計は3時である。せっかくだから近場の温泉にでも寄って帰りたいと思い、早速駅の本屋に行って観光雑誌をチェック(立ち読み)。作並温泉というところに行ってみることにした。どこでも良かったのだが、一応お目当ての旅館に電話をかけて確認・・その後のいろんな出来事を思うと、何を確認したんだか、よく思い出せない。

作並温泉は、仙台から電車で20分くらいで行ける。なのに何故わたしはバスで行こうと思ったのだろうか。本当に分からないのである。あっ、待てよ?院長先生に「バスがいいらしい」とかウソを言われたような気もするぞ。いや、人のせいにしてはいけない。とにかく、そのバスは1時間に一本しかないので、仙台駅構内でお菓子を食べながらだらだらと待つ。雨が降って来た。ひと雨降ると、春だというのに、気温がいきなり冬並みに下がってきた。どの程度の寒さなのかというと、吐く息が真っ白、というくらいの気温である。

待つこと半時間、やっとバスがやって来たので乗り込む。通勤通学の皆様で、席はいっぱいである。バスは仙台市街を抜けていく。早起きが応えたか、ほどなくして眠り込んでしまう。・・目を覚まし、手に持っていた缶お茶をひとくちすすり、のどの乾きをいやしていたところ、後ろのほうから声をかけるオヤジがいた。「ちょっとそこのおねえさん。おねえさんだかおばさんだか知らないが。公共の場所で、飲み食いするんじゃないよ。」と突然の寝耳に説教である。穏やかだった車内の雰囲気が少し緊迫する。よく分からないが、叱られたので「・・すいません。」とあやまっておく。周りの人は安堵と同情の混じった苦笑をもらしていた。ところが私の真後ろの席に座っていた強面の兄さんが何故かおじさんに難くせをつけはじめた。「それじゃおじさん、おれがアメなめてんのはいいのかよ。おじさんは人見て物言ってンじゃないの?」おじさんはひるみながらも言い返す。「いやそういうことじゃない。」「じゃあどういうことだよ。」おじさんは相手が悪いと思ったのか、最初の勢いは次第に弱まり、事を丸くおさめようとなだめるような口調になっていくのだった。私は、最初は「何だこの兄さんは。フォローしてくれるのだろうか?」と思ったが、そういうわけではなく、単に納得行かなかったらしい。兄さんのほうも別にどうでも良かったのか、それ以上事は荒立たず、しばらくすると同じ停留所でまだ何か話し合いながら降りて行った。・・ことの発端である私はすでに忘れ去られていた。

 


 

4)激流雪見・・

初めは満員に近かったバスが、気がつくとがらんとしている。1時間半も走り続けている。どんどん山の方へ向かっている。いったいいつになったら温泉に着くのだろう。また雨が降ってきた。気がつけば日も傾き、もう結構な時間である。この時間だと日帰り入浴を断られる恐れがある。しかも缶お茶を飲みながら来たせいか、トイレに行きたくてしょうがない。あのおじさんはこれが言いたかったのか(?)それにしても、もう終点に来てもいい頃だ。セーラー服の高校生や地元のおばあさんたちが三々五々と降りて行く。ようやく温泉街に入った頃には、雨が雪に変わっていた。最後の老夫婦が降りてしまうと、もう車内には私を残すだけになった。私は「作並温泉」という停留所で降りようと思っていたのだが、そのような停留所が一向にない。不安になりつつも大人しく乗っていたのだが、業を煮やした車掌さんが「おねえさんどこでおりるの。」と激しい訛りのある言葉で尋ねた。「もう温泉街はここで終わりで、あとは戻るだけだからね。」「どこでもいいから日帰りで入れる所に行きたいんですが・・」「いやあ~この時間だとちょっとどうかなあ。」外は雪が降りしきる。知らない土地で、どこに行けばいいか分からない、心細く、途方に暮れる。「とりあえずあの宿が一番有名な所だけどね。行って聞いてみたら。もしダメだったら、このバスまた折り返すから、反対のバス停で待っていればいいから。」

長い折角道のりを来たのに、温泉に辿りつけないのだろうか。泣きそうになりながら、とにかくバスを降りた。教わった旅館は、大きくて立派な玄関の奥に真っ赤なじゅうたんという、典型的な高級旅館である。入り口に立っていたきつい目をした若い女の事務員に「日帰りは4時までです」と剣もほろろに断られた。途方に暮れながら雪の中をうろうろしていると、さっき駅で立ち読みした雑誌のと同じ名前の宿の看板が目に入ったので行ってみる。道が分からず、右往左往しながら辿り着いた。こじんまりした、白木造りの清潔な感じの建物である。おそるおそる中をのぞいてみると、「どうぞどうぞ!日帰りは10時まで大丈夫ですよ!」と笑顔で招き入れてくれたではないか。地獄で仏の心境、本当にありがたい。どうやらやっと温泉に入れそう。ウレシイやらホッとしたやらで、全身弛んだ。下駄箱やロッカーなど日帰り客には嬉しい設備が美しく整然と並んでいる。さっきのが高級旅館ならここは高級銭湯とでもいった感じである。

平日からこんなところでぶらぶらしているなんて人は少ない。浴衣を羽織って露天風呂へ行くと、誰もいない・・貸しきり状態である。眼下に渓谷を望む風呂で、雄々しい激流を眺めながらの立ち湯。折からしんしんと降りしきる季節外れの雪を頭に積もらせ、飽くことなく湯に身をまかせる・・紆余曲折があっただけに、しみじみとありがたく、感動してしまった。

 


 

5)スーパーおばあさん・・

さて、温泉を楽しんだら電車がなくならないうちに帰京しなくてはならない。帰りは駅までのシャトルバスがあるというので、待っている間におみやげの温泉まんじゅうを買う。元気の良いおばあさんが横合いから口をはさんで「あなた誰におみやげ?」というので「はあ、親に・・」というと「あらまあ、優しいのねえ」などと感心していた。バスの時間になったので、店子(番頭?)さんにお礼を言いながらバスに乗り込んで待っていると、発車まぎわにさっきのおばあさんが大急ぎで乗ってきた。今度バスに乗っているのは2人だけだった。おばあさんはまだあったかい温泉まんじゅうを分けてくれながら「あなたどこまで帰るの?」「東京まで・・」「あら、偶然ねえ!私もよ」と威勢がいいので、面白がって話しているとすっかり仲良くなって、東京まで一緒に帰ることにした。

一人旅が好きな者同士というのは匂いで分かる。色々と旅の話に花を咲かせすぎて、急行を一本見過ごしてしまった。各駅停車でカタカタと仙台駅へ向かう。外は真っ暗、雪だったかしら、雨だったかしら。私はこのえらく威勢の良い、口の達者なかわいいおばあさんが気に入ったし、向こうも私が音楽家と知ると随分喜んで、この出会いに興奮しているのだった。このおばあさん、話を聞いているとだんだんタダ者ではないらしいことが分かってきた。「オールドローズ」という素晴らしく美しいバラの品種があって、彼女はフランスで行なわれた世界会議に出席したくらいの「オールドローズ」の権威だった。どうしても欲しい苗があって一人でフランスの片田舎のバラ農家に押しかけて行って譲ってもらった話とか、そもそも今回バラを届けに来たという仙台在住の素敵な紳士の先生が教えてくれたオペラの題名が知りたいだとか、話は尽きない。話せば話す程私は口をあんぐり・・そう、この人スーパーおばあさんだったのだ。

東京へ向かう新幹線の中、今度はおばあさん持参の「ぼたもち」を食べながら、しっかり連絡先を交換。私が翌朝におばあさんが知りたいと言うオペラを調べてFAXしてあげることになった。果たして翌朝はちゃんと約束を果たし、早速お礼の電話がかかってきて、この友情を行きずりで終わらせないようにとお互い躍起なのだった。そのころ数カ月後に世界花博やら、バラ博覧会などがめじろ押しでおばあさんはものすごく忙しそうだった。もう音信不通になってしまったけど、あれからどうしているのかな。今度は2人でこの間の温泉に行こうと約束したのだったけど・・。

 

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